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 論文の紹介

佐倉 統(2006) 科学技術コミュニケーターの社会的役割と文化論的展望

             科学 76巻1号: 42-47.


 著者は、本論文で、最近、「科学技術コミュニケーション」ということが国内外で重要視されてきたが、それは「なぜ」なのか、そして、「どのような」コミュニケーションによって、「何」が期待されているのかについて述べている。

 今、「なぜ」重要視されるようになったのかについて、以下の3点を挙げている。まず、第1は、社会全体として知識水準が高くなってきたことから、科学技術の専門家集団と、専門家ではないが高い知識を持った一般社会の人達との間で、特に、医学分野(例えば生命倫理など)や安全性などの分野で接点と軋轢が増してきたこと、第2に、C.P.スノウが論じた「2つの文化」、すなわち、20世紀半ば以降、自然科学が、従来の主観的、生活感覚的な、あるいは神秘的なものに代表される文芸的な文化に対して、確固たる地位を築き、両者が離れ離れの状態になってきたこと、第3に、科学技術的な合理性と直感的な生活感覚とのギャップ、例えば、リスクについて言えば、統計的合理性と主観的感覚との間で大きなギャップが生じていることであると述べている。

 著者は、このような科学技術と一般社会の直感的な生活感覚とのギャップを、どのように少なくするのかについて論じ、上記のような異なる価値観を有する者同士のコミュニケーションを円滑にする「科学技術コミュニケーター」の役割の重要性を強調している。

 著者は、「科学技術コミュニケーション」の事例として、福沢諭吉の「訓蒙窮理図解」、三井誠の「人類進化の700万年」、最相葉月の「いのち-生命科学に言葉はあるか」を例示している。また、ジャーナリストが総括的な研究紹介を行い、橋渡しを試みることは望ましい姿であると述べている。そして、コミュニケーションは、「コミュニケーションをすること自体が目的なのではなく、異なる価値観の間の共感と共有が目的であり、「相手」の知見や価値観を「自分」の生活指針や理念に組み込む作業(同化)が必要なのである」と述べている。著者自身は、生活者の視点から最先端科学を整理し直すための概念の枠組みを提唱し、「リビング・サイエンス」と名づけその発展を期している。

 この論文は、雑誌「科学」の特集「理系の説明責任」に掲載された論文であり、最近よく耳にする「リスク・コミュニケーション」を理解する上でも、「科学技術コミュニケーション」というものの意味の背景を知り、考えさせてくれる啓蒙的なものと言える。

 最近、筆者は、「科学技術インタ-プリタ-」という言葉もよく聞く。また、本論文では「公衆の科学理解(PUS: Public Understanding of Science)」という概念にも触れている。これらの言葉は「科学技術コミュニケーション」とは意味合いがやや異なり、科学技術の成果を一般の人に分かり易く伝え、理解の増進をはかるという側面が強い。科学技術の専門家は、単に学会などに発表しさえすればよいという時代ではなくなりつつあるので、社会に対して分かり易い言葉で科学技術の成果を説明するとともに、これに対する社会の反応にも真摯に耳を傾け、コミュニケーションを進めていく必要がある。このような積み重ねによって、合理的精神に満ち、科学技術を大切にする社会が築かれていくのであろう。 (MM 2006.10.3)
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